学校給食の歴史

学校給食の始まりは?

 学校給食は1889年(明治22年)、山形県鶴岡市の忠愛小学校(大監寺の境内にあった私立小学校)でお弁当を持参できない子どもたちに昼食を提供したことが始まりです。
 その後、1954年(昭和29年)に学校給食法が制定され、全国的に普及しました。

110年以上前のこんだては?

 当時の献立は、「おにぎり・焼き塩マス・たくあん漬け」の三品でした。

給食記念日は12月24日です!

 戦争が終わり、1946年(昭和21年)に子どもたちの栄養補給を目的として「学校給食実施の普及奨励について」が発せられ学校給食の方針が定められました。それを受け、12月24日に東京・神奈川・千葉で給食が開始されこの日を給食記念日としています。

南幌町の給食はいつから?

 南幌町の給食センターは、1960年(昭和35年)より各方面からの陳情要請により実施段階に達しました。水害や冷害など相次ぐ災害のため中止されてきましたが、1966年(昭和41年)11月1日父母の念願だった「完全給食」が始まりました。11月1日は、センターの開設記念日です。給食開始当時は、牛乳・コッペパン・副食はアルマイトの弁当箱に入った弁当箱方式でした。
 1973年(昭和48年)4月より月1回の米飯給食が始まり、2011年(平成23年)4月より週3.5回となりました。米飯給食が始まった当時は米をパック詰めにして届けていました。
 築後、26年を経過した給食センターは老朽化し、衛生上適さない状態となったため、1993年(平成5年)新築し、5月1日より使用開始しました。新築にあわせて最新の調理機器を導入し、弁当箱方式から保温食缶方式となり温かい給食が食べられるようになりました。

南幌町はじめての給食こんだては?

 1966年(昭和41年)11月1日南幌町初めての給食は、「牛乳・パン・ウインナーソーセージ・みつ豆」でした。

当時の給食費は?

 給食開始時、1966年(昭和41年)の給食費は、小学生は、1食39円・月額650円、 中学生は、1食48円・月額800円でした。

当時の食数は?

 小学校5校で約995食、中学校2校で約605食。全体で約1,600食作られていました。